空っぽ

私は今カウンセリングを受けている。

その中で、自分について再理解したことがある。

相手が欲していることを汲み取り、その意に沿うことを
息を吸って吐くようにしてしまう自分がいるとことはわかっていた。

そして、それは共感性という私の資質がしてしまうことだと理解していた。

資質は確かに資質としてある。

ただ、それは自分が無意識に磨き育て上げてきた資質だ。

私が生きるために必要だったもの。

なぜなら、私は人に受け入れられること、大事にされること、それが最優先課題だったのだ。

そのことに気がついた。

そしてその課題、目的は、割といい感じで達成してきたように思う。

そうやって、私はうまく生きてきた。

だから十分幸せじゃない?

そこに素直に’うん’という返事は返ってこない。

何かモヤモヤするものが底の底の方にある。

これは何だろう?

そして何かの折に泣き出したりする。

例えば「あなたはどうしたいの?」

そんな簡単な質問に。

そして、なんで泣き出すのか自分自身わからず混乱する。

なんで泣くの?私。

その正体を、とあるコンパッション講座で知り合った心理士の先生に見事に指摘された。

あなたは空っぽだよ、と。

その時もなんだかわからず混乱しまくった。

私は私とこんなに向き合って生きてきたのに!

どういうこと??

未だに混乱している。

ただ少しだけわかってきた。

私が向き合ってきた私は、「人に受け入れられるため私」だった。

「大事にされるための私」

それは他人にとっての私。他人のためにただ反応している私。

どこから空っぽを埋めていかれるのかまだわからない。

道は遠そうだし、なかなか険しそうだ。

混乱しまくる。

でも今この事実に気づいた私がいる。

少しずつ少しずつ、自分に近づきたい。

行かれるのかな。

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