自分を受け入れる通過点

心のブロックを外すことについて。

ブロックってたくさんあるのだと思う。

こうあるべき、こうありたい、これは自分の理想を思うことだが、
その裏には、これはしてはいけない、こうあることはイヤというのもついてくる。

例えば、私は悪いことを言ったり思ったりする時にいつも罪悪感を感じる。

私は人の悪口を言わない訳ではない。

そんなキレイに心をいつも片付けられない。


ただ本当は言いたくはない。

だから言ったあとにイヤな気持ちになる。

悪いことをしている。いけないことをしてしまった。

自分があるべき姿ではない。

だから出し切ることもできないし、その上、罪悪感も含めて心の底に澱を溜めていく。

「ブロックを外すにはタブーを犯してみると良い」

昨日ある人にそう言われた。

自分の心のドロドロした気持ちを誰にも見せない紙にぶちまけたらよいと。

そう、そのぶちまけること自体が私にとってはタブーなのだ。

これ、実はやっていないわけではない。

これが苦手で澱を溜めていると、ある時、気がついたから、
気をつけて出すようにしている。

でもたいてい手加減しているのも確か。

そうは言ってもこんな良いところもあるよね、とか
私も悪かったとか。

そういう手加減も取っ払って、とことん自分の黒い部分をぶちまけ、
それを可視化して、自分を受け入れる作業。

それは途中、特に始めた前半はそこそこキツイけれど、ある程度抜けてくると
スッキリしてくるという。

そして、その全部ひっくるめた自分を受け入れてあげるのだと。

あー、わかる気がする。

ただこれもわかる気がするのではなくて、やらなくては何の意味もない。

そして、よく言う引き寄せの法則というのはこの場合、どうなるのだろう?

とふと思った。

そしてすぐに気がついた。

良いことを言ったって、心の底に澱があると、ちっともピュアでなく、
そりゃ、引き寄せられないよね。

順番としてはこちらが先なのか、と。

自分を大切に、自分を受け入れるって言うけれど、
それは一見優しいだけのように感じるが、実際はそういう黒いものを受け入れる
少しシンドイ通過点があるのではないか。

そして最近の私は、この通過点にいるように感じる。

ちょっとキツイけれど、あくまで通過点。

通過点にやれるできることをまた見つけた気がした。

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