痛みに気づく

昨年、コンパッションフォーカストセラピーの講座を受けた時、

「コンパションとは自分や他者の痛みや苦しみに気づき、それを取り除こうとすること」

と習った。

コンパッションと聞くと、単純に慈悲、思いやり、というような優しいワードが浮かび、
単純に癒しのように感じるが、実際はそれなりに大変で痛みや苦しみを伴うものだということだった。

その時はその時でわかったように思っていたが、また今じんわりその意味を噛みしめるようになっている。

大きな失敗や何かトラブルがあった時はもちろんだが、そうではなく
単に何かを聞いた時、何かをした時、誰かと会った時、話をした時、
そんな何でもないことでも急に苦しい感情が心の奥に走ることってある。

私の場合は、そうなると、何でこんな風になるんだろう?何がいけない?とその原因追及に走ったり、
そんな感情が起こる自分がダメな人、弱い人という感覚で
しばらくその感覚に汚染されたままになってしまうのが大抵のパターンだ。

今、試みているのは、その感情を持つこと自体にOKを出してあげること。

そうなんだね。それでもいいよ。苦しかったら苦しいって言っていいよ。

と言ってあげる。

講座の中ではコンパッションカラーを思い浮かべるというワークもあった。

コンパッション、慈悲、思いやりを感じられる色を思い浮かべて、呼吸と共に自分の身体に取り込んでみる。

身体の隅々にその色を行き渡らせる。

これも、今改めてやってみるととても良い。

特にその痛みを感じている身体の箇所、例えば肩が固くなったり、胃がギュっと締め付けられたりと、そういう感覚があるところを
コンパションカラーで満たしてみる。

自分の痛みに気づくこと、またこれについては書いていきたいと思う。

コンパションの講座以外でも、同じようなことは何度も読んだり聞いたりしてきた。

わかっているようでわかっていないことって山のようにあることを思い知る。

何度でも振り出しに戻りながら、私の一歩を進めていきたい。

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