心がワサワサした時は

昨夜は関東地方で大きな地震があった。
私は東京在住なので、まさにその揺れを体験。

3.11を思い出す強さだった。

すでにベッドの上にいたのだが、
家の中はガチャガチャと何かが落ちたり倒れたりする音がして、
揺れが収まった後は家の中のパトロール。

飾り物が落ちたりして、多少欠けたりしたものがいくつかあったが、
幸いそれほど大きな問題になるようなことはなかったのでホッと肩を撫でおろした。

家族とのLINEのやり取りで安否確認。
今東京にいるのは、母と私たち夫婦だけで、母も何事もなかったということで安心した。

地震そのものは、私はもちろん怖いが、震災の時を含め、
幸いそこまで窮地には立たされなかったので、
さほど精神的ダメージを受けたことはない。

それでも夕べから何か心がワサワサしている。

私の母は一人暮らしだし、友人なども含め、こういう時、
ひとりだとどれだけ不安だろうと、そんなことにも思いを馳せる。

そんなところに、つい最近友人の家族に実は不幸があったというニュースまで舞い込んだ。

ツライだろうに、あえてサラっと送られたメッセージに
余計にその思いを受け取ってしまう。

要は、地震にせよ、不幸にせよ、何も私ができるわけではないのだけど、
妙に私の共感性、感受性が必要以上のものを感じ取っている状態なのだと思う。

こういう時、ただ手放そうと思っても、そうは上手くいきそうな気がしない。

私の場合は、感じ取る力はたぶんどうやっても勝手に働く。

それはそれで、そうなんだと受け止めようと思う。

今日は緊急事態宣言も明けたこともあり、夫が所用で出かけたついでに
軽くひとりでご飯を食べてくるという。

私にとっても久しぶりのひとりご飯時間となる。
これはここ長いことの念願だった時間だ。

心のワサワサは、認めて受け入れること、
それと同時に自分に少しでも心地よい状態を提供することが大切だと思われる。

実は今朝は久しぶりに朝のウォーキングもスキップしてしまった。

エネルギーが低下している現れに感じる。

なので夜はゆっくり何もせず、映画か何か見たいものでもみて何でもない時間を過ごそうと思う。

そういう時間が必要そうだ。

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