微かな違い

ランニング

春頃から朝ウォーキングを始めて、いい感じに習慣になっている。

早起きは決して得意な訳ではないが、去年からトライし、
私にしては十分すぎるほど出来ていると思う。

朝セッションや講座、イベントで6時または5時台からPCの前に座る日は、
それが終わってから出かけ、
何もない日は、6時半ころ起きることが多いのだが、
起き抜けにウォーキングからスタートする。

真夏は無理かと思っていたが、私が歩くコースが日陰がほとんどなこともあり、
思いの外、ずっと続けてこれた。
夏が大の苦手なので、もうここまでくれば大丈夫という思いも出て、一安心だ。

ウォーキングの後はストレッチや筋トレも合わせてリズムが出来た。
運動や筋トレについて本を読み、仲間と話し、報告できる場ができたことも
この流れに乗れた大きな要因だ。

今回のこの運動習慣を嬉しく思いながら、なんとなく気になっていたことがある。

気になると言うほどのことでもないが、去年の私との微かな違いだ。

去年の私は、巣ごもり生活での運動不足が気になり、春頃からヨガを始めた。
それも結構順調だった。

ヨガ自体は好きだし、朝起きて窓から空を見ながらやるヨガはとても気持ち良かった。

だけど、心がスッキリしない何かも同時にあって、
朝ヨガはやっていてそれはそれでいいんだけど、、、
そんな感じだった。

そして結局、秋頃にフェイドアウトした。

今のウォーキングだっていつフェイドアウトするかわからない。
それでも去年のそのわからない心の中の何かはない気がする。

そのモヤモヤは、あえて説明してみると、
朝起きてヨガをやっている、
良いことをやっている。
そういう、中からではなく外からの自分の目、
そういうものに縛られていたからではないかと思っている。

去年の私も今年の私も同じく身体に良い、自分が良いと思うことをしている。

あまりに微妙で自分自身わかりずらいのだが、
でも去年と今年の心は何か違うということは感じている。

これまでの人生、私は外からの自分の目で
自らを縛ってきたことがほとんどだったように思う。
他の誰でもなく自分自身で。

そういうことをようやく意識できるようになった今、
だからの小さな微妙な変化なのかもしれない。

上手く言えないけれど、
この小さな変化を大いに歓迎しようと思う。

この変化に気づいている自分も。

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