振り出しに戻って

螺旋階段

昨日、自分の「でも」について書いた。

/2021/06/19/demo/

あれから、もう少し進めて考えてみると、
私は他人の話を聞いている、聞けていると出来ているつもりになっていただけで、
実際はそうではないんだということに
改めて気づかされた気がする。

私は知りたがり屋だ。
強み発見ツールのストレングスファイダーでもTOP5に収集心が入っている。

物を集めるとかいうコレクション的なことにはあまり興味はない。
ただ知りたい欲。情報に対しての欲求、それが私の収集心だ。

他人の話を聞いている時は、すでにこの資質が喜んでいる。
そしてその情報を元に私の頭の中で色んな思考が浮かび、バックグラウンドでグルグル始まってしまったりする。

そして言いたいこと、伝えたいこと、聞きたいことがピュッと出てくる。
もうそのピュッと出てきた時には、自分のその言葉を掴みたいという衝動に駆られる。

これを逃しては勿体ないという気持ち。

そんな衝動に駆られていることが、会話中、実は結構あるのだ。

コーチングの最中に至っては、やはりどこかでいつもいい質問がしたいと思っている。
ピュッと出てくるものの中には、ここを聞いたら良いのでは?という思いもある。

「でも」
その後に続く私の伝えたい思い。私の主張。

これは私のエゴでしかない。
本当に誠実に話を聞くということは、自分のエゴより相手を優先することから始まる。
これは何度も何度も聞いている話だ。

だからこそ、一呼吸入れてみよう。
自分のエゴに休息を。

正直、一呼吸には勇気もいる。
ちゃんと相手に反応できないと感じてしまう不安。
言葉を投げかけられない不安。

でも大切なのは、発する言葉ではない
まずはきちんと受け止めてこそ、会話における信頼関係が築かれる。

またスタート地点に戻ってきてしまった、という感じだ。
何度も何度もグルグルと回りながら、それでも同じところのようでも螺旋の上であると信じたい。


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